エネルギー安全保障と地熱

国際地熱市場の最新動向と日本の地熱発電開発:エネルギー安全保障強化への示唆

Tags: 地熱発電, エネルギー安全保障, 国際比較, エネルギー政策, 再生可能エネルギー

はじめに

日本のエネルギー安全保障を強化する上で、国内資源の有効活用は喫緊の課題です。中でも地熱エネルギーは、賦存量が多く、天候に左右されない安定的な電力供給が可能であることから、ベースロード電源としてのポテンシャルが期待されています。しかし、その開発は世界的な潮流と比較して必ずしも十分に加速しているとは言えません。

本稿では、世界の地熱市場における最新の動向、主要国の開発促進要因、技術的進展などを概観します。さらに、日本の地熱発電開発の現状を国際的な視点から比較し、開発を阻む要因や、海外の成功事例から得られる政策的な示唆について考察します。これにより、日本のエネルギー安全保障強化に向けた地熱発電の役割と今後の展望について、より多角的な理解を深めることを目的といたします。

世界の地熱市場の現状とトレンド

世界の地熱発電設備容量は、近年着実に増加傾向にあります。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)のデータによると、世界の地熱発電設備容量は2010年の約10 GWから、2022年には約15 GWへと拡大しています。米国、インドネシア、フィリピン、トルコ、ニュージーランドなどが主要な地熱発電導入国として先行しており、特にトルコやインドネシアでは近年急速な開発が見られます。

これらの国々で地熱開発が促進されている背景には、いくつかの共通要因が見られます。第一に、政府による明確な政策支援と長期的な開発目標の設定です。固定価格買取制度(FIT)や入札制度、税制優遇措置などが導入され、事業者の予見可能性を高めています。第二に、探査リスクを低減するための政府主導または支援による地熱資源評価やデータ整備が進められています。第三に、掘削技術やバイナリー発電方式など、様々な地熱資源に対応可能な技術開発・導入が進んでいます。第四に、投資環境の整備や資金調達メカニズムの多様化が開発を後押ししています。

技術的なトレンドとしては、高温の蒸気を使用するフラッシュ式発電に加え、中低温の熱水を利用できるバイナリー発電の導入が進んでいます。これにより、これまで経済的に見合わなかった資源や、温泉地帯での開発における環境負荷や地域との軋轢を低減するアプローチが可能になっています。また、人工的に地熱貯留層を造成する超臨界地熱発電(EGS: Enhanced Geothermal System)などの次世代技術の研究開発も国際的に進められており、将来的な地熱資源の利用拡大が期待されています。

日本の地熱発電開発の現状と国際比較

日本は世界有数の地熱資源賦存国であり、そのポテンシャルは約23 GWとも試算されています。これはイタリアに次ぐ世界第3位の規模とされています。しかし、実際の地熱発電設備容量は約0.6 GW(2022年末時点)に留まっており、世界全体の15 GW、主要開発国の規模と比較すると、そのポテンシャルが十分に活かされているとは言えません。

日本の地熱開発が直面する課題は多岐にわたります。資源ポテンシャルの大部分が国立公園・国定公園内に位置していること、温泉資源との干渉や景観への影響など、環境面および地域との調整に関する課題が挙げられます。また、探査・開発にかかる多大な初期投資と長期にわたるリードタイム、それに伴う事業リスクも大きなハードルです。さらに、専門的な技術者や掘削リグの不足といったサプライチェーン上の課題、地域合意形成の難しさ、規制手続きの複雑さなども開発を遅らせる要因として指摘されています。

国際的に見ると、多くの開発先行国では、初期段階の探査リスクに対する政府支援が手厚い傾向にあります。例えば、米国やニュージーランドでは、資源評価のための探査データ公開や、リスクの高い掘削段階への助成金・融資保証制度などが整備されています。また、規制手続きの簡素化やワンストップ化を図る国も見られます。地域合意形成についても、開発初期からの情報公開や地域経済へのメリット(熱利用、雇用創出など)を示すことで、ステークホルダーとの良好な関係構築を図る事例が多く見られます。

一方で、日本の地熱技術、特にタービン技術や掘削技術には世界的に見ても高い競争力があります。この技術力を国内開発に活かすとともに、海外市場での展開を通じて国内サプライチェーンを維持・強化していくことも、日本のエネルギー安全保障に間接的に貢献する可能性があります。

国際動向が日本のエネルギー安全保障強化に与える示唆

世界の地熱開発の動向は、日本のエネルギー安全保障強化に向けた政策立案にいくつかの重要な示唆を与えています。

まず、開発促進には政府による強力かつ継続的な政策支援が不可欠であるということです。探査段階のリスクマネー供給、長期的な価格安定メカニズム、規制手続きの効率化など、事業者が予見性を持って投資判断できる環境整備が求められます。海外の成功事例を参考に、日本の制度をさらに改善・強化する余地があると考えられます。

次に、技術開発と多様な資源の活用です。バイナリー発電などの技術導入を進めることで、国立公園外を含むより多様な地熱資源の活用が可能になります。また、次世代技術の研究開発への投資を継続し、将来的なポテンシャル拡大に備えることも重要です。

さらに、地域との連携強化は不可避です。地熱発電が地域にもたらす経済的メリット(固定資産税、雇用、温水利用など)を具体的に示し、開発プロセスの初期段階から地域住民や温泉事業者との丁寧な対話と合意形成を図る必要があります。国際的な事例における地域還元策や透明性の高い情報公開は参考になるでしょう。

最後に、国際協力の視点も重要です。技術基準の国際標準化への貢献、海外での事業展開を通じた技術・ノウハウの蓄積、国際機関や他国との連携による共同研究開発や資金調達メカニズムの活用などは、日本の地熱産業全体の競争力強化につながり、結果として国内のエネルギー安全保障にも寄与すると考えられます。

結論

国際的な地熱市場は着実に拡大しており、各国の政策支援や技術開発、リスク低減策がその開発を後押ししています。世界有数の地熱資源を持つ日本が、そのポテンシャルをエネルギー安全保障強化に真に繋げるためには、これらの国際的な潮流や成功事例から学び、国内の課題解決に向けた政策をさらに進化させる必要があります。

探査リスクへの支援拡充、規制・手続きの効率化、地域との共存モデルの確立、多様な技術の導入促進、そして国際協力の積極的な推進が、日本の地熱発電開発を加速させ、エネルギー自給率向上と危機対応能力強化に貢献する鍵となるでしょう。今後、国際動向を注視しつつ、日本の状況に応じた最適な政策オプションを検討していくことが重要です。