日本のエネルギー安全保障強化に向けた地熱発電開発:海外の政策支援策に学ぶ開発加速への示唆
導入:エネルギー安全保障と地熱発電開発加速の必要性
日本のエネルギー安全保障を考える上で、国内に賦存する貴重な国産エネルギー源である地熱発電の役割は非常に重要です。地熱発電は、天候に左右されにくいベースロード電源としての特性に加え、燃料輸送リスクがないことから、エネルギー自給率向上と供給安定化に大きく貢献し得ます。しかし、そのポテンシャルに対して、日本の地熱発電導入量は十分とは言えず、開発の加速が求められています。
地熱発電開発には、初期段階の探査における高いリスク、多額の初期投資、環境への影響評価、温泉資源との調整、長期にわたる許認可プロセス、地域住民との合意形成など、様々な課題が存在します。これらの課題を克服し、開発を促進するためには、効果的な政策支援が不可欠です。
本稿では、地熱発電開発が進んでいる海外諸国がどのような政策支援策を講じているのかを分析し、その有効性や多様性に着目します。そして、これらの海外事例から得られる示唆が、日本のエネルギー安全保障強化に向けた地熱発電開発促進のための政策立案にどのように資するかを考察します。
海外における地熱発電開発促進のための主要な政策支援策
地熱資源の質や開発環境は各国で異なりますが、多くの国が開発促進のために共通あるいは特徴的な政策支援策を導入しています。主な政策支援策としては、以下のようなものが挙げられます。
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経済的インセンティブ:
- 固定価格買取制度(FIT)や固定価格プレミアム(FIP): 発電された電力に対する長期安定的な価格保証により、事業収益の予見性を高め、投資リスクを低減します。多くの地熱発電導入国で主要な支援策として採用されています。
- 税制優遇措置: 法人税の減免、投資税額控除、減価償却の優遇などにより、初期投資や運転コストの負担を軽減します。
- 補助金・助成金: 特に探査段階や、特定の技術(例:EGS:増進型地熱システム)の開発に対する補助金は、初期リスクの高いプロジェクトを推進する上で有効です。
- リスクファイナンス: 探査失敗時のコストを一部補填する保険制度や、低利融資の提供などにより、民間投資を呼び込みやすくします。
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規制・許認可プロセスの合理化:
- ワンストップサービス: 複数の関係省庁や自治体にまたがる許認可プロセスを一元化または調整する窓口を設置し、手続きの迅速化・効率化を図ります。
- 期間の明確化: 各手続きの標準処理期間を定め、開発の予見性を高めます。
- 環境アセスメントの効率化: 科学的根拠に基づき、必要なアセスメント項目を明確化し、重複や遅延を避けるためのガイドラインを整備します。
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情報提供・技術支援:
- 資源ポテンシャル情報の公開: 政府機関などが実施した広域探査データや地質データなどを公開し、開発事業者が初期調査を効率的に行えるようにします。
- 研究開発(R&D)支援: 新しい探査技術、掘削技術、発電技術、貯留層管理技術などの研究開発を支援し、コスト削減や効率向上を目指します。
- 人材育成支援: 専門的な知識を持つ技術者やプロジェクトマネージャーの育成を支援します。
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地域社会との連携支援:
- 地域還元スキーム: 発電事業からの収益の一部を地域に還元する仕組みや、地域の雇用創出を促進する政策を導入します。
- 情報公開と対話の場の設定: 開発計画に関する情報を積極的に公開し、地域住民や利害関係者との継続的な対話の場を設けることを推奨または義務付けます。
具体的な海外事例の分析
いくつかの地熱発電導入先進国の政策支援策を見てみます。
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アイスランド: 地熱エネルギー利用率が高く、発電だけでなく地域熱供給や観光など多目的に利用されています。政府は探査段階のリスクを低減するため、探査井の掘削費用の一部を補償する制度を設けています。また、国内の公営電力会社や研究機関が地熱開発において中心的な役割を果たしており、長期的な視点での開発が進められています。地域の同意形成も重要視され、継続的な情報提供と協議が行われています。
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インドネシア: 世界有数の地熱資源国であり、導入量も増加傾向にあります。政府は、地熱発電を国家のエネルギーミックスにおける重要な位置づけとし、強力な推進策を講じています。特に、地熱発電の開発コストが高いことを考慮し、他の再生可能エネルギーよりも高いFIT価格を設定したり、探査リスクを軽減するための政府による探査支援やリスク分担メカニズムを導入したりしています。国有企業が探査や開発に積極的に関与している点も特徴です。
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米国: 広大な国土に豊富な地熱資源を有し、特にカリフォルニア州などで開発が進んでいます。連邦政府は、再生可能エネルギーに対する税額控除(ITC:Investment Tax Credit, PTC:Production Tax Credit)を地熱発電にも適用しており、これが投資を促進する大きな要因となっています。また、エネルギー省(DOE)はEGSなどの次世代技術開発や探査技術の研究開発に多額の資金を投じています。一方で、広大な土地利用に関わる許認可プロセスや環境規制への対応が開発の課題となることもあり、その効率化に向けた取り組みも行われています。
これらの事例から、成功している国々は、単一の政策に依存するのではなく、経済的インセンティブ、規制合理化、情報・技術支援、地域連携支援といった多角的な政策パッケージを組み合わせることで、開発の様々な段階におけるリスクや障壁に対応していることがわかります。特に、探査段階のリスクに対する公的な支援や、長期安定的な収益を保証する制度、そして許認可プロセスの効率化が、民間投資を呼び込み、開発を加速させる上で効果的であることが示唆されます。
日本の現状と比較した課題と示唆
日本においても、地熱発電に対するFIT制度や、探査段階の一部補助金制度、資源量評価などの政策支援策が実施されています。これらの政策は一定の成果を上げていますが、前述した海外事例と比較すると、以下のような課題が指摘される可能性があります。
- 探査リスクへの対応: 海外事例に見られるような、探査失敗時のリスクをより広範にカバーする保険制度や、政府による探査投資の規模は、日本の現状と比較検討の余地があると考えられます。
- 許認可プロセスの長さと複雑さ: 関係省庁や自治体との調整、環境アセスメントなど、許認可取得に長期間を要することが、開発事業者にとって大きな負担となっています。海外のワンストップサービスや期間の明確化といった取り組みは、日本のプロセス効率化の参考になり得ます。
- 地域合意形成の難しさ: 日本固有の温泉文化や国立・国定公園内の資源ポテンシャルの高さといった状況を踏まえ、地域住民や温泉事業者との合意形成は特に重要な課題です。海外の地域還元スキームや、情報公開・対話の質の向上に向けた政策的支援策は、日本におけるより円滑な地域連携に資する可能性があります。
- 多様な資源への対応: 既存の政策が主に高温資源を対象としている場合、比較的低温の資源やEGSといった新たな技術に対応した支援策の拡充も、長期的なポテンシャル解放のために重要となります。
海外の政策支援策は、それぞれの国の資源特性、法制度、社会状況に合わせて設計されています。したがって、これらの事例をそのまま日本に適用することは難しい場合もあります。しかし、探査リスクの低減、投資回収の予見性向上、許認可プロセスの効率化、そして地域社会との良好な関係構築といった、開発における本質的な課題に対応するための政策的アプローチは、海外事例から多くの示唆を得られると考えられます。
結論
日本のエネルギー安全保障を強化し、将来にわたる安定したエネルギー供給を実現するためには、国産かつクリーンなエネルギー源である地熱発電の開発を加速させることが不可欠です。地熱開発には固有の課題が存在しますが、効果的な政策支援によってその多くは克服可能です。
本稿で分析した海外諸国の政策支援策は、探査リスクへの対応、経済的インセンティブの提供、規制プロセスの合理化、地域社会との連携支援など、多岐にわたります。これらの事例から得られる示唆は、日本の地熱発電開発を促進するための政策立案において非常に有益であると考えられます。
日本の固有の状況を踏まえつつ、海外の成功事例を参考に、探査段階からのリスクを軽減する公的支援の拡充、投資回収をより確実にするための経済的インセンティブの見直し、許認可プロセスの更なる効率化、そして地域社会との共生を実現するための政策的アプローチの強化など、より包括的かつ効果的な政策パッケージの設計と実行が求められます。これらの取り組みを通じて、日本の地熱発電開発が加速し、エネルギー安全保障の強化に貢献することが期待されます。