日本のエネルギー安全保障における地熱発電の将来ポテンシャル:2030年及び2050年の貢献可能性と政策的含意
はじめに
日本のエネルギー安全保障は、その資源の大部分を海外からの輸入に依存している構造的な脆弱性を抱えております。特に、近年の国際情勢の変動や地政学的リスクの高まりは、エネルギー供給の安定性に対する懸念を一層深めております。このような状況下において、国内に豊富に賦存する再生可能エネルギー資源である地熱の活用は、エネルギー自給率の向上と危機発生時のレジリエンス強化に資する重要な選択肢として注目されております。
本稿では、「エネルギー安全保障と地熱」というサイトコンセプトに基づき、地熱発電が日本のエネルギー安全保障に将来的にどのように貢献しうるのか、特に政府が掲げる2030年および2050年のエネルギーミックス目標を見据えた潜在的な貢献可能性と、その実現に向けた政策的な含意について考察いたします。地熱発電の技術的なポテンシャル、開発を阻む要因、そしてこれらを克服するための政策課題を客観的に分析し、今後のエネルギー政策立案に資する情報を提供することを目指します。
日本における地熱資源のポテンシャルと現状
日本は世界第3位とも言われる豊富な地熱資源を有しておりますが、その開発・導入は現状では限定的であり、エネルギーミックスに占める割合は極めて小さい状況にあります(2021年度の発電電力量において、地熱発電は国内総発電電力量の約0.3%に過ぎません)。
現在の地熱発電は主に比較的高温の地熱資源を利用したフラッシュ方式などが主流ですが、将来的なポテンシャルとしては、Enhanced Geothermal System (EGS) や Advanced Geothermal System (AGS) といった次世代技術の開発・実用化が期待されております。これらの技術は、従来の技術では開発が困難であった地域における地熱資源の活用を可能にする可能性を秘めており、大幅な導入拡大に繋がる潜在力を持っています。経済産業省の資料等によれば、日本の地熱資源賦存量は約2,347万kWと推計されており、これは現在の日本の総発電設備容量に匹敵する規模であります。このポテンシャルを最大限に引き出すことができれば、エネルギー安全保障への貢献は極めて大きなものとなる可能性があります。
2030年及び2050年のエネルギーミックスにおける地熱発電
政府が示すエネルギーミックス目標において、地熱発電は2030年度に総発電電力量の1.0%程度を目指すとされております。これは現在の導入量と比較すると増加ではありますが、日本の有するポテンシャルから見れば依然として控えめな目標水準とも言えます。
また、2050年カーボンニュートラル達成を見据えた長期的なエネルギー戦略においては、再生可能エネルギーの主力電源化が不可欠であり、地熱発電もその一角を担うことが期待されております。しかし、2050年の明確な地熱発電の具体的な目標値は現在のところ示されておりません。将来のエネルギーミックスにおいて地熱発電がどれだけの役割を担うかは、今後の技術開発の進展、開発スピード、そして政策的な推進力に大きく左右されます。仮に、日本の地熱ポテンシャルの一部でも実用化に至れば、数%から場合によってはそれ以上のシェアを獲得し、電力供給の安定化、燃料費の変動リスク回避、エネルギー自給率向上に大きく貢献することが考えられます。
将来のポテンシャル実現に向けた政策的含意
地熱発電の将来ポテンシャルを現実のものとし、エネルギー安全保障への貢献を最大化するためには、様々な政策課題を克服する必要があります。主な課題とそれに対する政策的含意を以下に挙げます。
- 開発期間の長期化とコスト: 地熱発電開発は探査から運転開始まで長期にわたり、初期投資も大きいという特徴があります。このリスクを低減し、民間投資を促進するための新たな支援策やリスクヘッジメカニズムの構築が必要です。また、次世代技術の実用化に向けた研究開発への継続的な投資も重要です。
- 環境影響と地域合意形成: 地熱開発は自然公園内での規制や、温泉資源への影響、景観への配慮といった環境的な側面、そして地域住民との合意形成が重要な課題となります。これらを円滑に進めるためには、科学的根拠に基づいた丁寧な情報提供、地域への経済的・社会的なメリットの共有、そして開発プロセスにおける透明性の確保が不可欠です。例えば、開発初期段階からの地域住民との対話機会の創出や、地熱発電による売電収入の一部を地域振興に還元する仕組みなどが考えられます。
- 規制・制度: 自然公園法や温泉法など、地熱開発に関連する規制は多岐にわたります。これらの規制が開発を過度に制約していないか、現状に即した見直しや運用の柔軟化を検討する必要があるかもしれません。また、複数の省庁にまたがる許認可プロセスの簡素化・迅速化も重要な課題です。
- 系統接続: 開発地点によっては、電力系統への接続が困難であったり、接続に多大な費用がかかったりする場合があります。地熱発電の導入ポテンシャルが高い地域における系統増強や、効率的な系統運用のための制度設計が求められます。
- 人材育成: 地熱資源の探査、開発、運用には高度な専門知識と技術を持つ人材が不可欠です。国内における専門家の育成・確保は喫緊の課題であり、大学や研究機関、企業が連携した人材育成プログラムの強化が必要です。
これらの課題に対し、政府、自治体、事業者、地域住民が共通認識を持ち、連携して取り組むことが、地熱発電の将来ポテンシャルを開放し、エネルギー安全保障への貢献を高める鍵となります。例えば、海外の先進事例、特に地熱開発が進んでいるアイスランド、フィリピン、ニュージーランドなどにおける地域社会との共存モデルや、規制改革の事例を参考にすることは、日本の政策を検討する上で有益な示唆を与えてくれる可能性があります。
結論
日本の豊富な地熱資源は、エネルギー自給率の向上と危機発生時の供給安定化に大きく貢献する潜在力を持っています。2030年、そして特に2050年に向けたエネルギーミックスにおける地熱発電の役割は、現在の導入状況を超えた、より戦略的な位置づけが求められると考えられます。
しかし、その将来ポテンシャルを実現するためには、開発期間、コスト、環境影響、地域合意、規制、系統接続、人材といった多岐にわたる課題を克服する必要があります。これらの課題に対し、科学的知見に基づいた政策立案、関係者間の円滑なコミュニケーション、そして長期的な視点での継続的な支援が不可欠です。
地熱発電の最大限の活用は、単にエネルギー自給率を高めるだけでなく、地域経済の活性化や新たな産業の創出にも繋がりうる多面的な効果を有しております。これらの点を踏まえ、地熱発電を日本のエネルギー安全保障強化に向けた戦略的な柱の一つとして位置づけ、将来の目標達成に向けた着実な政策実行が期待されます。