日本のエネルギー安全保障と地熱発電:2050年カーボンニュートラル達成に向けた長期戦略における位置づけ
はじめに
日本はエネルギー供給の大部分を海外からの化石燃料輸入に依存しており、エネルギー安全保障は国家的な重要課題です。加えて、国際的な脱炭素化の流れの中で、2050年カーボンニュートラル目標の達成も喫緊の課題となっています。これらの複合的な課題に対処するため、国産の再生可能エネルギー源の最大限の活用が求められています。
特に地熱発電は、天候に左右されにくい安定した発電が可能であり、ベースロード電源としてのポテンシャルを有しています。本稿では、日本のエネルギー安全保障強化と2050年カーボンニュートラル目標達成に向けた長期戦略における地熱発電の位置づけと、その実現に向けた課題および政策的な論点について考察します。
日本の地熱資源ポテンシャルと長期目標
日本は環太平洋火山帯に位置し、世界第3位とも言われる豊富な地熱資源を有しています。しかし、そのポテンシャルに対して、現状の地熱発電設備容量は相対的に限定的であり、約60万kW程度に留まっています。政府は第6次エネルギー基本計画において、2030年度の電源構成における再生可能エネルギー比率を36~38%とし、そのうち地熱発電は1.0~1.1%(約100万kW)を目指す目標を掲げています。さらに、2050年カーボンニュートラルを見据えた長期的なポテンシャルとしては、数千万kW規模が示唆されています。
2050年の目標達成には、現状を大きく上回るペースでの開発加速が不可欠となります。これは、単に設備容量を増加させるだけでなく、探査から運転開始までのリードタイムが長い地熱発電開発の特性を踏まえた、計画的かつ長期的な取り組みが求められることを意味します。
カーボンニュートラル達成に向けた地熱発電の貢献
2050年カーボンニュートラル目標達成のためには、電源の脱炭素化が極めて重要です。太陽光や風力といった変動型再生可能エネルギーの導入拡大が進む中で、地熱発電は安定したベースロード電源として、電力系統全体の脱炭素化と安定化に貢献する役割が期待されています。
地熱発電は、発電時にほとんどCO2を排出しないクリーンなエネルギー源です。ライフサイクル全体でのCO2排出量を見ても、化石燃料火力発電と比較して大幅に少なく、地球温暖化対策に大きく貢献します。また、他の再生可能エネルギー源が立地や気象条件に依存する度合いが高いのに対し、地熱発電は適切な資源が存在する場所であれば、年間を通じて安定的に稼働することが可能です。これにより、電力系統の需給バランス調整に寄与し、変動型再生可能エネルギーの大量導入に伴う課題緩和にも貢献し得ます。
エネルギー安全保障強化への長期的な貢献
地熱発電は、国内に賦存する資源を利用するため、燃料輸入に関するリスク(価格変動、供給途絶など)を回避することができます。これは、エネルギー供給構造の脆弱性を改善し、日本のエネルギー自給率向上に直接的に貢献する要素です。国際情勢が不安定化し、化石燃料価格が高騰するリスクが常態化する可能性がある中で、国産エネルギーである地熱の重要性は長期的に増すと考えられます。
また、地熱発電所は一般的に地下深部にアクセスするため、物理的な破壊リスクに対して比較的強く、有事におけるエネルギー供給のレジリエンス(回復力)強化にも寄与します。分散型電源としての側面も持ち合わせており、特定の地域への電力供給安定化や、災害時における非常用電源としての役割も期待できます。
長期戦略実行に向けた課題と政策的論点
2050年カーボンニュートラル達成とエネルギー安全保障強化に向けた地熱発電のポテンシャルは大きいものの、その開発には多くの課題が存在します。主な課題としては、以下のような点が挙げられます。
- 開発期間の長期化と初期投資の大きさ: 資源探査から商業運転開始まで10年以上を要することも少なくなく、初期投資も大規模になります。
- 地域合意形成: 地熱資源の多くが温泉地や国立・国定公園内に位置するため、温泉利用事業者や地域住民との合意形成が非常に重要かつ困難な場合があります。温泉資源への影響や景観、環境への懸念に対する丁寧な対話と理解促進が必要です。
- 規制・許認可手続き: 関係法令が多岐にわたり、手続きが煩雑・長期化する傾向があります。
- 技術開発・人材育成: より効率的で環境負荷の少ない探査・掘削技術や、次世代技術(例:EGS - Enhanced Geothermal Systems)の開発、専門人材の育成・確保が必要です。
- 開発リスク: 地下資源のため、探査段階でのリスク(資源量の不確実性、掘削失敗など)が存在します。
これらの課題を克服し、長期的な開発目標を達成するためには、以下のような政策的な論点に注目する必要があります。
- 一貫性のある長期的な政策枠組み: 予見可能性の高い政策目標と支援策を継続的に示すことで、民間投資を促進します。
- リスクマネーの供給支援: 探査段階のリスクを低減するための公的支援や、リスク分散メカニズムの構築が有効です。
- 規制・許認可手続きの合理化・迅速化: ワンストップ窓口の設置や、関係省庁間の連携強化などが考えられます。
- 地域共生モデルの構築: 地域住民のメリット(雇用創出、固定資産税収入、熱利用など)を最大化し、開発利益の公正な配分や、温泉資源への影響に関する科学的評価とモニタリング体制の強化などが重要です。温泉地の熱利用を促進する政策も有効でしょう。
- 技術開発・実証支援: EGSなどの次世代技術開発への集中的な投資と、国内での実証機会を提供します。
- 専門人材育成プログラム: 大学や研究機関、産業界が連携した人材育成プログラムの強化が求められます。
結論
日本のエネルギー安全保障強化と2050年カーボンニュートラル目標達成という二つの国家的課題の解決において、地熱発電は国産のベースロード電源として極めて重要な役割を担うポテンシャルを有しています。その豊富な資源量を最大限に活用することは、化石燃料依存度を低減し、エネルギー自給率とレジリエンスを高めると同時に、電力部門の脱炭素化を安定的に推進することに貢献します。
しかし、地熱発電開発には固有の課題が多く存在するため、これらの課題解決には長期的な視点に立った、包括的かつ計画的な政策推進が不可欠です。リスクマネー供給支援、規制改革、地域共生モデルの構築、技術開発、人材育成といった多角的なアプローチを組み合わせることで、日本の地熱発電開発を加速させ、エネルギー安全保障と脱炭素化の目標達成に繋げていくことが求められます。