日本のエネルギー安全保障に資する地熱発電と地域熱利用の統合モデル:その可能性と政策課題
はじめに
日本のエネルギー安全保障は、化石燃料資源の大部分を海外からの輸入に依存している現状において、地政学的リスクや国際情勢の変化により常に脆弱性を抱えています。この状況を克服し、エネルギー自給率を向上させることは、国家の安定と持続可能な発展のために不可欠な課題です。再生可能エネルギー、特に国内に豊富に存在する地熱資源の活用は、この課題解決に向けた重要な鍵の一つと位置付けられています。
地熱資源は、電力供給のみならず、地域冷暖房や農業、工業プロセスなど、様々な熱利用の形態も可能です。地熱発電所の開発において、発電に利用した後の温水(排熱)を地域で有効活用する、あるいは発電と熱利用を最初から統合したシステムを構築することは、エネルギー利用効率の向上と地域経済への貢献という二重のメリットをもたらす可能性があります。本稿では、地熱発電と地域熱利用の統合モデルが日本のエネルギー安全保障にどのように貢献しうるのか、その可能性と、開発・普及に向けた政策的・技術的な課題について考察を行います。
地熱発電と地域熱利用統合の戦略的意義
地熱発電は、天候に左右されにくい安定したベースロード電源としての特性を持ちます。この安定供給能力は、変動型再生可能エネルギーが増加する電力系統において重要な役割を果たし、エネルギー安全保障の観点からその価値は高く評価されています。さらに、地熱資源から取り出される熱エネルギーは、発電プロセスで全量が電力に変換されるわけではなく、多くの場合、相当量の熱が排熱として発生します。
この排熱、あるいは発電に適さない比較的低温の地熱資源を地域で熱利用に活用することは、エネルギーシステム全体の効率を大幅に向上させます。これは、単に未利用エネルギーを有効活用するというだけでなく、以下のようなエネルギー安全保障上の意義を持ちます。
- エネルギー自給率の向上: 発電と熱利用の両面で国産エネルギーを活用することで、化石燃料への依存度を一層低減し、エネルギー自給率の向上に直接的に寄与します。
- エネルギーコストの安定化: 輸入燃料価格の変動リスクを回避し、地域におけるエネルギー供給コストの安定化に貢献します。これは、地域の産業活動や住民生活の安定に繋がります。
- 分散型エネルギーシステムの構築: 地域に賦存する地熱資源を活用し、地域内でエネルギーを生産・消費するシステムを構築することは、大規模な centralised energy system への依存を低減し、災害時などのレジリエンス向上に貢献します。
- エネルギー利用効率の最大化: 熱電併給(Combined Heat and Power, CHP)に近い概念で、地熱資源の持つエネルギーを多目的に最大限活用することで、限られた資源からのエネルギー生産量を実質的に増加させます。
統合モデルの類型と国内外の事例
地熱発電と地域熱利用の統合モデルには、いくつかの類型が考えられます。
- 発電排熱のカスケード利用: 発電所から排出される比較的高温の温水を、まず地域の産業用熱として利用し、その後、農業(ハウス栽培や養殖)、温浴施設、地域暖房など、より低温の需要に段階的に利用していく形態です。
- 中低温地熱資源の熱電併給: 発電には不向き、あるいはバイナリー発電には適するものの、直接的な熱利用にも十分な温度を持つ地熱資源を、発電と同時に熱利用にも振り分ける形態です。
- 地域分散型地熱エネルギーシステム: 地域に点在する複数の小規模地熱資源を、それぞれに適した形で(高温なら発電、中低温なら熱利用)開発し、それらを地域内のエネルギーネットワークで連携させる形態です。
アイスランドやニュージーランドなど、地熱資源開発が進んでいる国々では、地域熱供給や産業利用と連携した地熱利用が広く行われています。特にアイスランドのレイキャビクでは、地熱による地域熱供給システムが都市の暖房需要の大部分を賄っており、化石燃料消費の抑制とエネルギーコストの安定化に大きく貢献しています。これらの事例は、地熱資源の多角的利用がエネルギー安全保障に資する有力なアプローチであることを示唆しています。
日本国内でも、一部の地域で地熱発電所の排熱を利用したハウス栽培や養殖、温浴施設などが見られますが、地域全体をカバーする熱供給システムとの本格的な統合はまだ限定的です。
開発における課題と政策的視点
地熱発電と地域熱利用の統合モデルを日本で普及・拡大するためには、いくつかの課題を克服する必要があります。
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技術的課題:
- 地熱資源の温度帯や流量に応じた最適な発電・熱利用技術の選定と組み合わせ。
- 熱を効率的に輸送するためのインフラ整備(配管網の構築)と熱損失の抑制。
- 熱需要と供給の季節的・時間的な変動への対応。
- 温泉泉質による配管腐食・スケール対策。
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経済的課題:
- 発電設備に加え、熱供給インフラ(配管、熱交換器など)への初期投資コストが増大する可能性。
- 熱需要が限定的、あるいは季節変動が大きい場合、システムの経済性が低下するリスク。
- 発電事業と熱供給事業の収益性の評価と事業モデル構築の難しさ。
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政策・制度的課題:
- 発電事業と熱供給事業に関する異なる規制や許認可プロセスの調整。
- 熱供給事業に関する法制度や支援策の整備不足。
- エネルギー供給事業者間の連携促進。
- 固定価格買取制度(FIT)における熱利用の評価やインセンティブ設計。
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地域合意形成の課題:
- 地熱資源開発全般に共通する温泉権や景観、環境への影響に関する懸念に加え、熱利用に伴う新たな懸念(例: 排水処理、地域への熱供給の公平性)への対応。
- 地域住民、温泉事業者、農業関係者など、多様なステークホルダー間の調整と連携体制の構築。
- 地域経済への貢献(雇用創出、熱利用による産業振興)を明確に示す必要性。
これらの課題を克服し、地熱発電と地域熱利用の統合を促進するためには、以下のような政策的アプローチが有効と考えられます。
- 総合的なエネルギー開発計画の策定: 地熱資源開発を、単なる電力供給源としてだけでなく、地域の熱需要や産業振興と連携させた多角的な視点から計画・推進する。
- 支援制度の拡充: 発電と熱利用を組み合わせたプロジェクトに対し、初期投資への補助、低利融資、税制優遇など、統合モデル特有のコスト構造に対応した経済的インセンティブを強化する。特に、熱供給インフラ整備への支援は重要です。
- 規制の合理化: 発電事業と熱供給事業を一体的に行う場合の許認可プロセスを簡素化・円滑化する。
- 地域主導の取り組みへの支援: 地域が主体となって地熱資源の調査・開発、そして地域熱利用システムの計画・構築を行うための財政的・技術的支援を強化する。
- 情報提供と普及啓発: 地熱発電と地域熱利用統合のメリットや先進事例に関する情報を広く提供し、地域住民や関係者の理解促進を図る。技術的なガイドラインや導入事例集の整備も有効です。
- 技術開発の促進: 中低温域での発電技術や、効率的な熱輸送・蓄熱技術など、統合システムに必要な技術開発を支援する。
まとめ
地熱発電と地域熱利用の統合は、日本のエネルギー安全保障を強化する上で、エネルギー自給率の向上、システム全体の効率化、分散型システムの構築、そして地域経済の活性化に貢献する有望なアプローチです。国内外の事例は、そのポテンシャルが実証されていることを示しています。
しかしながら、技術的、経済的、政策・制度的、地域合意形成といった多岐にわたる課題が存在します。これらの課題を克服するためには、政府、事業者、地域社会が連携し、総合的な計画策定、支援制度の拡充、規制の合理化、地域主導の取り組みへの支援、そして継続的な技術開発と情報提供を進めていくことが不可欠です。
地熱資源の多角的利用を促進する政策は、エネルギー安全保障の強化のみならず、地域における持続可能な発展を実現するための重要な柱となり得ます。今後の政策立案においては、この統合モデルの戦略的意義と実現に向けた課題への深い理解に基づいた検討が求められます。