日本の地熱発電開発における系統接続の課題:エネルギー安全保障強化に向けた政策・技術的アプローチ
はじめに
エネルギー安全保障の強化と脱炭素社会の実現に向け、国内資源である地熱エネルギーへの期待が高まっています。日本は世界有数の地熱資源国であり、その開発はエネルギー自給率向上に大きく貢献する可能性を秘めています。しかし、地熱発電のポテンシャルを十分に引き出すためには、多くの課題が存在します。中でも、発電地点から電力系統への接続に関する課題は、新規開発やリプレースを阻む重要な障壁の一つとして認識されています。
本稿では、日本の地熱発電開発における電力系統接続の現状と具体的な課題を整理し、これらの課題を克服するための政策的および技術的アプローチについて考察します。そして、系統接続問題の解決が、日本のエネルギー安全保障強化にどのように貢献しうるのかについて分析を進めます。
地熱発電開発における系統接続の現状と課題
地熱発電所は、その性質上、地熱資源が存在する特定の地域に建設されます。これらの地域は、必ずしも大消費地に近いとは限らず、既存の電力系統の容量が限られている場合があります。新規に地熱発電所を建設・稼働させる際には、発電した電力を電力系統に連系し、安定的に供給する必要があります。この系統連系プロセスにおいて、いくつかの重要な課題が顕在化しています。
主な課題としては、以下の点が挙げられます。
- 系統容量の不足: 資源ポテンシャルが高い地域において、既存の送電線や変電所の容量が不足している場合が多く、新規接続の物理的な制約となっています。系統増強には多大な時間とコストが必要です。
- 接続費用の負担: 系統増強や接続に必要な工事費用の負担が、開発事業者にとって重荷となることがあります。接続費用は地点によって大きく変動し、事業採算性に影響を与えます。
- 系統連系手続きの複雑さと長期化: 系統連系の検討、申請、工事計画策定、系統アクセス契約締結といった一連の手続きは複雑であり、完了までに長期間を要する傾向があります。この不確実性が、開発のリードタイムを長期化させる要因となっています。
- 系統情報の不透明性: 系統の空き容量や増強計画に関する情報が十分に公開されていない場合、開発事業者は事業計画を策定する上でのリスクを負うことになります。
- 連系ルールの課題: 再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、系統全体の安定化のためのルール(例:出力抑制)が適用される可能性があり、これが地熱発電所の稼働率や収益性に影響を与えることも懸念されます。
これらの課題は複合的に影響しあい、特に中小規模の地熱発電事業者が新規参入や開発を推進する上での障壁となっています。
系統接続課題克服に向けた政策的アプローチ
系統接続の課題に対処するため、政策当局は様々なアプローチを検討・実施しています。エネルギー安全保障強化の観点から、地熱開発を加速させるためには、これらの政策の実効性を高めることが求められます。
- 系統増強支援制度: 系統容量不足に対応するため、国による系統増強費用の一部支援や、複数の電源開発事業者が共同で系統増強費用を負担する仕組み(非FIT電源における共同負担ルールなど)の導入・拡充が進められています。地熱発電に適した地域における計画的な系統整備や、先行投資へのインセンティブ付与も有効な手段と考えられます。
- 接続費用負担の合理化: 接続費用算定の透明性向上や、特定の地域における接続費用負担の軽減措置などが検討されています。託送料金制度の見直しの中で、系統増強費用の効率的な回収方法や負担のあり方が議論されています。
- 系統連系手続きの簡素化・迅速化: 事前相談制度の改善、手続きフローの標準化、デジタル化による申請プロセスの効率化などが図られています。より迅速かつ予測可能な手続きは、開発期間の短縮に寄与します。
- 系統情報の公開促進: 系統の空き容量情報やマスタープランの公開をさらに進めることで、事業者の予見可能性を高め、開発地点選定や事業計画策定を支援します。
- 地域単位での系統計画: 地熱資源ポテンシャルが高い地域における、系統整備と電源開発を一体的に捉えた地域単位での系統計画策定は、効率的な開発と系統接続を促進する可能性があります。
- 出力制御ルールの適用見直し: 地熱発電は安定したベースロード電源としての特性を持つため、その特性を踏まえた出力制御ルールの適用について、他の変動性再生可能エネルギーとは異なる柔軟な運用や配慮が検討されるべきです。
海外においては、地熱資源が豊富な地域における系統インフラへの重点投資や、早期の系統アクセス予約制度などが、開発加速に寄与している事例が見られます(例:ニュージーランドの一部地域)。これらの事例も参考にしながら、日本の実情に合わせた政策が展開されています。
系統接続課題克服に向けた技術的アプローチ
政策的な取り組みに加え、技術的な側面からの解決策も重要です。
- 分散型系統技術: マイクログリッドやローカル系統の構築により、発電地点近傍での電力消費や融通を促進し、広域送電網への依存度を低減するアプローチです。
- 蓄電システムの活用: 地熱発電所やその近傍に蓄電システムを併設することで、系統の要求に応じた柔軟な出力調整を可能にし、系統安定化への貢献度を高めると同時に、系統側からの制約を緩和できる可能性があります。
- スマートグリッド技術: ICTを活用した電力系統のリアルタイム監視・制御により、系統の運用効率を高め、既存系統容量を最大限に活用します。
- デジタル技術による探査・開発効率化: 資源探査から開発、運転管理に至る各段階でのデジタル技術活用は、開発全体のリードタイム短縮やコスト削減に繋がり、系統接続プロセスの効率化にも間接的に寄与します。
- 次世代地熱発電技術との連携: 地熱バイナリー発電など、より小規模で分散型の設置に適した技術の普及は、既存の配電系統など、より下位の系統への接続を容易にする可能性を秘めています。
これらの技術を導入するためには、初期投資コストの高さや、技術成熟度、既存インフラとの整合性などの課題も存在しますが、研究開発支援や実証プロジェクトを通じて、その普及が期待されています。
系統接続課題解決とエネルギー安全保障強化
地熱発電の系統接続課題を克服することは、日本のエネルギー安全保障強化に多角的に貢献します。
第一に、開発を阻む主要な障壁を取り除くことで、国内の豊かな地熱資源の活用が加速し、エネルギー自給率の向上に直接的に寄与します。これは、燃料輸入への依存度を低減し、国際情勢の変動によるエネルギー供給リスクを軽減することに繋がります。
第二に、地熱発電は天候に左右されにくい安定したベースロード電源となりうるため、変動性の高い再生可能エネルギーが増加する電力ミックスにおいて、供給安定性の向上に貢献します。これは、電力供給のレジリエンスを高め、不測の事態における電力需給ひっ迫のリスクを低減します。
第三に、地熱発電所は地域に分散して立地するため、大規模電源の集中によるリスクを分散し、災害時などの供給継続能力を高める効果が期待できます。系統接続が円滑に行われることは、こうした地域分散型電源としての価値を最大限に引き出す上で不可欠です。
最後に、系統接続技術や関連インフラの整備は、地熱発電だけでなく、他の地域分散型再生可能エネルギーの開発促進にも波及効果をもたらし、日本のエネルギー構造全体の多様化と強靭化に貢献する可能性があります。
結論
日本の地熱発電開発における電力系統への接続課題は、エネルギー安全保障強化への道のりにおいて避けて通れない重要な課題です。系統容量の不足、接続費用の負担、手続きの複雑さなど、多岐にわたる課題に対して、政策と技術の両面からの戦略的なアプローチが求められています。
系統増強支援、接続費用負担の見直し、手続きの簡素化といった政策的な取り組みに加え、分散型系統技術、蓄電システム、デジタル技術の活用といった技術的なソリューションを組み合わせることで、地熱発電の系統接続はより円滑に進むと期待されます。
これらの課題が克服され、国内の豊富な地熱資源が最大限に活用されることは、エネルギー自給率の向上、供給安定性の強化、そして地域分散型電源の拡充を通じて、日本のエネルギー安全保障を大きく強化することに繋がります。政策立案においては、地熱発電の系統接続に関するボトルネック解消を、エネルギー安全保障政策の重要な柱の一つとして位置づけ、継続的な検討と必要な施策の実行を進めることが重要です。
本稿が、地熱発電の系統接続課題に関する理解を深め、今後の政策議論の一助となることを期待いたします。